日本語教師を苦しめる「こうあるべき」――長く働くために、手放してもいい3つの思い込み
はじめに:「良い教師でありたい」が、自分を苦しめることもある
日本語教師として働いていると、「こういう先生でなければならない」と、自分自身に高いハードルを課してしまうことはないでしょうか。
学生のために頑張りたい。
信頼される先生になりたい。
良い授業をしたい。
そうした気持ちは、決して悪いものではありません。
でも、その思いが強くなりすぎると、いつの間にか「日本語教師なら、こうあるべき」という思い込みになり、自分自身を苦しめてしまうことがあります。
今回は、私自身の経験や、これまでさまざまな仕事をしてきた中で感じてきたことから、日本語教師を続けることが苦しくなる「3つの思い込み」について考えてみたいと思います。
①「学生からの質問には、完璧に答えなければならない」
「日本語教師なら、日本語について何を聞かれても答えられなくちゃ。」
「学生の質問に答えられなかったら、教師としての信頼にかかわる!恥をかく!」
そんなふうに思ったことはありませんか。
でも、ちょっと考えてみてください。
自分が働いている会社や学校のことを、すべて知っていますか?
日本人だからといって、日本についてすべて知っていますか?
自分の家族について、すべて知っているでしょうか?
では、私たちは「日本語」について、すべて知っているでしょうか。
日本語のすべてを知っている人など、この世にいるのでしょうか。
日本語は、私たちが普段何気なく使っている言葉だからこそ、改めて「なぜこの言い方をするのだろう」と聞かれると、すぐには答えられないこともあります。
そんなときは、その場で学生と一緒に考えてみてもいいと思うのです。
逆に、分からないのに無理に答えを作ってしまうほうが、学生にとっては困るかもしれません。
Cotoの例文トレーニングでも、いくつかの例文を出して、教師自身がそこからパターンやルールを見つけていくというアプローチがあります。
最初から「教師がすべてを説明する」のではなく、学生と一緒に考えながら日本語を発見していく。
そんな授業のあり方もあるのではないでしょうか。
なお、レッスン中の急な質問については、こちらの記事もご参照ください。
では、「何でも知っていること」が教師の価値ではないとしたら、私たちにはどんな強みがあるのでしょうか。
例えば、日本語ネイティブの日本語教師には、教科書の知識だけではない強みもあると思います。
私たちは、日本語教師になる前から、日本語を使って生活してきたネイティブスピーカーです。
「教科書にはこう書いてありますが、日本人ならこういう言い方もします」
「私はこれも正しいと思います。ただ、テストならこちらの答えになります」
「文法的には間違いではありませんが、実際にはあまり使わない表現です」
といった説明ができるのは、ネイティブスピーカーだからこそではないでしょうか。
「何でも知っていなければ」と思っていると、授業の準備はどこまでも増えていきます。
どれだけ準備しても、「まだ知らないことがあるかもしれない」と不安になってしまう。
これは、教師自身にとってかなり大きな負担です。
「分からないことがあれば調べる。一緒に考える」
それも、日本語教師の仕事の一つだと思うのです。
②「日本語教師は、いつも元気で明るくなければならない」
日本語教師には、「いつも笑顔で、明るく、元気で、しっかりしている」というイメージがあるかもしれません。
もちろん、学生にとって、明るく楽しい雰囲気のレッスンは嬉しいものです。
でも、生身の人間が年がら年中100%元気でいることは、ほぼ不可能です。
体調が悪い日もあります。
精神的に落ち込んでいる日もあります。
家庭のことなどで疲れている日もあります。
私自身、日本語教師になったばかりのころは、「お金をいただいてレッスンをしているのだから、私生活で何があってもレッスンでは明るく楽しく振る舞わなければならない」という考えに囚われていたように思います。
実際、ペットが危篤のときでさえ、笑顔でレッスンをしていました。
仕事に対する責任感からですが、心に大きな負担がかかっていたことは間違いありません。
でも、学生さんたちと接する中で、考え方が少し変わってきました。
学生さんの中には、職場の上司との関係に悩んでいる人がいます。
認知症のお母様を介護しながらレッスンを受けている人もいます。
ご家族を亡くした人もいます。
ーーそんな自分の人生の大変な部分を話してくれる学生さんに対して、いつもニコニコしていることが、本当に誠実なのだろうかーー
そう考えるようになったのです。
もちろん、教師が学生に自分の悩みを何でも話せばいい、ということではありません。
教師と学生には、それぞれの立場があります。
当然ながら、教師の不機嫌を学生にぶつけることも、違います。
ただ、「いつも明るく振る舞わなければならない」と、自分自身を必要以上に縛る必要もないのではないでしょうか。
私自身、学生さんと話をしていて、思いがけず共通するつらい経験があることを知ったことがあります。
そのとき、教師と学生というより、ひとりの人と人として、お互いに深い話をすることができました。
この「体験」や「感情」の交流は、人間同士だからこそ生まれるものなのではないでしょうか。
どんな人にも、人生の明るい部分だけではなく、つらいことや、失敗、後悔、思い通りにならなかったことがあります。
そして、そうした経験が、時には教師の強みにもなると思います。
例えば、「~てしまった」や「~ばよかった」のように、後悔や残念な気持ちを表す文型を導入するとき。
教師自身の実体験から出てきた例文なら、単なる「作った例文」ではなく、血の通った、リアリティのある例文になるはずです。
学生にとっても、それは頭だけで理解するのではなく、「心で分かる」きっかけになるかもしれません。
いつも明るく、いつも楽しく。
もちろん、それも一つの良さです。
でも、教師も一人の人間です。
完璧に明るい教師であり続けることよりも、必要以上に自分を演じず、人間として学生と向き合えることのほうが大切な場面もあるのではないでしょうか。
③「すべての学生・同僚から好かれなければならない」
「学生から嫌われたくない」
「同僚から嫌われたくない」
「こんなことを言ったら、嫌われるかもしれない」
そんな気持ちを持つこともあるでしょう。
私は、研修講師・キャリアコンサルタントとして、これまでさまざまな組織で研修やワークショップを行ってきました。
部下育成のワークショップなどでよく聞くのが、
「注意しなければならないことがあるのに、嫌われるのが怖くて言えない」
という悩みです。
詳しくはこちらの記事にも書きました。
もちろん、相手への伝え方は大切です。
相手を尊重しながら、必要なことを伝える。
これは、教師でも会社員でも同じことです。
ただ、「嫌われないこと」を気にしすぎてはいないでしょうか。
そもそも、職場は何をするところなのでしょう。
もちろん、人間関係が良いに越したことはありません。
でも、職場は「全員で仲良しこよしをする場所」ではありません。
それぞれに役割があり、共通する目的があり、そのために仕事をする場所でもあります。
そう考えると、少しドライに割り切ってもいいのではないでしょうか。
「私とは合わない人もいる」
「でも、その人は別の人とはうまくやっているかもしれない」
「全員と相性が合う必要はない」
そう考えてみるわけです。
世の中にはさまざまな人がいます。
自分と考え方が違う人もいれば、どうしても相性が合わない人もいる。
それは、必ずしも誰かが悪いということではありません。
「私と合わない人がいる=私に問題がある」
ということでもないのです。
「誰からも好かれなければならない」という思い込みが強くなると、誰かが少し不機嫌になっただけでも、
「私、何かしたかな?」
「嫌われたのかな?」
と、自分自身を責めてしまうことがあります。
でも、相手の機嫌には、相手の事情もあります。
「全員から好かれなくても、仕事はできる」
そんなふうに考えることも、長く働くためには必要なのではないでしょうか。
3つの思い込みに共通しているもの
ここまでの3つを並べてみると、
- 学生からの質問には、完璧に答えなければならない
- いつも明るく元気でいなければならない
- すべての学生・同僚から好かれなければならない
一見すると、それぞれ違う問題に見えます。
でも、共通しているのは、
「こうあるべき」という考え方です。
こういった考え方が強くなりすぎると、自分でも気づかないうちに、それが自分を縛る「思い込み」になってしまうことがあります。
心理学では、このような自分の中にある考え方を「ビリーフ」と呼ぶこともあります。
こうした思い込みは、自分でも気づかないうちに身についた考え方でもあるため、自分自身ではなかなか気づけません。
だからこそ、もし「なんだか苦しいな」と感じることがあったら、一度立ち止まってみてもいいかもしれませんね。
「私は、何を『~しなければならない』と思っているんだろう?」
「どうして、こんなに力が入っているんだろう?」
そうやって、自分の中にある「こうあるべき」を探してみる。
紙に書き出してみてもいいですし、信頼できる人に話してみるのもいいでしょう。
自分一人では気づきにくい思い込みも、誰かと話すことで見えてくることがあります。
まとめ:完璧な教師でなくても、日本語教師は続けられる
日本語教師として成長するために、知識や教授法を学ぶことはもちろん大切です。
でも、長くこの仕事を続けていくためには、「自分自身に無理をさせすぎずに働けること」 も同じくらい大切なのではないでしょうか。
分からないことがあってもいい。
元気が出ない日があってもいい。
全員に好かれなくてもいい。
それでも、日本語教師として仕事はできます。
むしろ、
「完璧な教師でいなければならない」という思い込みを少し緩めることが、長くこの仕事を続けることにつながるのかもしれません。
「良い先生にならなければ」と頑張っているときほど、一度、自分自身に問いかけてみてください。
「私は今、自分で自分を苦しめていないだろうか?」
もしかすると、手放してもいい「こうあるべき」が、あなたの中にもあるかもしれません。
日本語教師のヒント、受け取ってみませんか?
授業づくりのアイデアや学生対応のヒント、日本語教師としてのキャリアに役立つコラムなどを、コトハジメ ニュースレターで定期的にお届けしています。
忙しい毎日の中でも、思わず「なるほど!」と思える気づきや、すぐに授業で試せるヒントが見つかります。
日本語教師のみなさんの毎日に、ちょっと役立つアイデアと新しい視点を。
コトハジメ ニュースレターでお届けします。ぜひご登録ください。