「熱心」と「悔しい」——中国語話者の誤用からわかったこと

「熱心」と「悔しい」——中国語話者の誤用からわかったこと

はじめに:2つの誤用エピソード

日本語を教えていると、ときどき「なるほど、そう来たか」と唸らされる誤用に出会うことがあります。そんな誤用のなかでも特に興味深かったのは、今回とりあげる2つの例です。

一つ目は、台湾人学生が書いた、「熱心な」という形容詞を使った文。

「台湾人は熱心な人たちだ。」

一見、ここには文法的な問題は何もないように思えます。しかし、何かが変?と直感的に思い、「どういう意味か、もう少し説明してくれませんか?」と問いかけたところ、学生が「熱心」という語彙で伝えたかったのは、「(台湾人)は、他人の問題に首をつっこみがち」「自分の意見を言いたがる」、つまり日本語で言うところの「お節介」に近い意味だったのです。
なお、この学生は「台湾人も中国人も」と前置きしており、本人の感覚としても、そういうお節介気質は台湾という地域や民族固有の話ではなく、中国語という言語を母語とする話者に共通する現象だったようなので、この記事でも、以下ではこの記事で述べる、ある特定の語彙に対して誤用をしがちな学生=「中国語」「中国語話者」として考えていきたいと思います。

二つ目の誤用例は、「悔しい」について。
それは私が「悔しい」の例文として、「がんばったのに、結果が出なくて悔しかった。」を提示したときのこと。
中国語話者である学習者から、「がんばったのなら、私は悔しくない。」という反応が返ってきたのです。

よく話を聞くと、この学習者は「悔しい」を「後悔」と同じ意味だと捉えていたことがわかりました。「頑張った(=自分に落ち度はない)のだから、後悔する理由がない」という論理のようです。

どちらの誤用も単なる語彙の間違いというより、学習者の母語の意味構造を日本語に持ち込んだ結果として起きていると思われます。というわけで、今回は、漢字文化圏内で、同じ漢字語彙を使っていても、意味する範囲が微妙に違うこともある、という点に焦点をあてていきます。

「熱心」を分解する

中国語の「熱心(rèxīn)」は、「温かい心を持ち、人のために骨を折るのを厭わない」という、その人の対人的な性格・資質を表す形容詞です。根底には「他人のために何かをしてあげたがる」という属性があり、これが度を越すと「おせっかい」というニュアンスにも転じます。
一方、日本語の「熱心」は、ある対象・分野にどれだけ情熱や時間を注いでいるかという、対象と結びついた状態・程度を表す形容詞です。「教育熱心」「〜に熱心」「何にでも熱心」のように、多くの場合「何に対して」熱心なのかが明示される、あるいは文脈で限定されます。

例)
・母は教育熱心な人だった。
・彼は何にでも熱心に取り組む。

整理すると、両者の違いは、熱意を向ける先の違いだということが言えるでしょう。

・中国語の熱心 → 対象は基本的に「他人」(他人に親切にする・世話を焼く)
・日本語の熱心 → 対象は基本的に「物事・活動」(勉強・仕事・信仰など)

先の例に挙げた「台湾人は熱心な人たちだ。」という文を日本語話者がそのまま読むと、「台湾人は(仕事や勉強など何かに対して)一生懸命に取り組む人たちだ」という意味に受け取られてしまうかもしれません。中国語話者の学習者が意図した「世話好き・お節介」の意味を出したいのであれば、「世話好き」「お節介」「面倒見がいい」といった語を使ったほうがよさそうです。

「悔しい」を分解する

「後悔」は、過去の自分の選択・行為に対して、「ああすればよかった」「しなければよかった」という反省を伴う気持ちです。「〜すればよかった」という仮定の文が自然に続くのが特徴だと言えます。
学生のとき、まじめに勉強しなかったことを後悔している
心配してくれた両親に、あんなひどいことを言って後悔している
一方、「悔しい」は結果や状況に対する、感情としての不満・無念さです。

例)
・頑張ったのに、結果が出なかった → 悔しい
・僅差で相手に競り負けた → 悔しい
・不当で理不尽な扱いを受けた → 悔しい

つまり「悔しい」の焦点は結果に対する感情(不満)そのものであり、「自分が何をすべきだったか」という反省・責任の意識は必須ではありません。ということは、先の学習者の反応(がんばったのなら、私は悔しくない)は、「後悔」と「悔しい」を完全に同じ意味だと解釈していたために起こったものだと言えるでしょう。

話は少しそれますが、もしあのとき学生が私の例文に対して素直に疑問を呈してくれなければ、私はこの問題に気づくこともなかったでしょう。立ち止まって考える時間をくれたその学生にはとても感謝しています。

授業での扱い方

以下、「熱心」「悔しい」の語彙導入時の注意点についてまとめます。

★「熱心」を導入する際は、必ず「何に対して熱心なのか」をセットで提示する。「教育熱心」「仕事熱心」のような複合語や、「〜に熱心」という助詞のパターンを合わせて練習すると、対象を明示する感覚が身につきやすい。
★「悔しい」を導入する際は、「後悔」との対比を明示的に扱う。「~すればよかった/~しなければよかった」という過去の行為に対する感情が「後悔」、結果や状況に対する感情(不満)が「悔しい」。
★母語に近い漢字語を持つ学習者(中国語話者など)には、「同じ漢字だから同じ意味とは限らない」という前提を早い段階で共有しておくと、この種の誤用に気づいたときの説明がスムーズになる。この現象は特定の国・地域の性格の話ではなく、中国語という言語の語彙構造に起因するものだという点も、あわせて伝えておきたい。

おわりに

誤用は、単なる間違いではなく、学習者がその瞬間にどう考えていたかをのぞく窓でもあります。今回とりあげた「熱心」と「悔しい」の2つの誤用は、漢字がわかるからこそ生まれた誤用であり、同じ語彙でも言語によってカバーする範囲にはズレがあったり、ときにはまったく違った意味になったりすることがあること、そして何より、そういう認識を講師も学習者も持っておく必要があることを改めて学ぶことができました。

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