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グラウンドデザインを描こう (初級学習者編)
学習者にとって「日本語教師」とは、なんぞや?
「学習者にとって『講師』とは、なんぞや?」とシンプルな問いをされたとして、みなさんは何と答えますか。
私はたぶん「船頭さん」かな。目的地を知り、そこまでの最適に辿り着く方法を知り、舵取りをする、そんな役目をするのが講師なのでは、と私は思っています。また、そうでありたいと日々思っています。
そこで経験豊富な先生方には釈迦に説法な話ではありますが、今日は初級学習者を迷子にさせない、学習者とともに描くグラウンドデザインについて話したいと思います。そもそも「グラウンドデザイン」とは何か。簡単にいうと、目標達成のための設計図です。
学習を始めると決意した時点で、ほとんどの学習者がわかっていることは「どうなりたい」というおぼろげなる希望(野望)だけです。私も英語を習っていた中学生、高校生のときは「ぺらぺらになりたい」、これだけが言語化して言える最終目標でした。
ぺらぺらになってどうしたい(具体的目標)、どうやったらぺらぺらになれる(目標達成までのアプローチ)など、具体的な設計図についてはまったく考えも及ばなかった、言語に携わる仕事をしていない限り、それが普通の顧客マインドだと思います。
そういうお客さんを乗せて、ゴールという岸までつれていく、そしてそれはできれば快適に楽しい旅であることが望ましい、そんな役割を担うのが、講師の仕事かなと考えています。
学習者にグラウンドデザインを提示する
そこで講師がまずしなければいけないことは、学習者にグラウンドデザインを提示することです。そのグラウンドデザインはどう描けばよいのでしょうか。
まずは講師として意識しておくべきは、初級におけるグラウンドデザインの主軸は「活用形」だということです。日本語の中で活用するのは「動詞」と「形容詞」だけ(!)です。
名詞も活用しちゃう国の方々からすると、簡単ではないでしょうか(実際に、初級を超えた学習者の方々からは異口同音に「日本語の文法は簡単だ」という感想をよく聞きます、これホント!)。
『げんき1』を例にあげてみましょう。
- 3課「ます形」(「辞書形」)
- 5課 形容詞
- 6・7課「て形」
- 8・9課 ショートフォーム:「辞書形」「ない形」「た形」
『げんき1』では、上の4つの大きな山を意識しておきます。
ここを意識しておくといいのは、活用がなかなか定着しない学生を過度に心配しすぎることがなくなると言う点です。どういうことかというと、形容詞の活用も動詞の「て形」の活用も、当該課で理解さえしていれば、口が回るようになるチャンス、復習のチャンスは次の課でも巡ってくるということです。
また、口が回るようになるのは、ステップ式というよりループ式に定着、上達していくと思っています。つまり、すぐに完璧に言えなくても良しとする、ということです。
たとえば「て形」は6課で初出しますが、すぐに7課でも「て形」を使った文型が出ます。また「て形」と同じ活用をする「た形」やそれを使った文型たちも以後の課で続々と出てきますので、言ってみれば「復習」のチャンスは何度もめぐってきます。活用はループ状(らせん階段状)にステップアップしていけるのです。
私が教師歴まだ数年だったころ、ルールを覚えられない、定着しないことを気にするあまり、6課を延々と続けていらっしゃる学生がいました。そのとき「(逆説的だけど)この課を理解するためには次に行くべき。次に行こう、back and force、行きつ戻りつで大丈夫!」というようなことを、自分自身のグランドデザインが描けていなかったために言ってあげられなかったが惜しまれます…。
スパイラルに、行きつ戻りつ。今は中級・上級レベルに行っても、接続でいろんな品詞がつく場合は理解だけに留めず、できるだけ型にはまったパターンプラクティスをするように心がけています。
中・上級レベルでも直すタイミングをうまく見つけて練習させたり、小さい間違いでもその間違いがどれぐらい変で、学生にとって不利(せっかく上手なのに下手に聞こえてしまう)なことなのか本人に自覚させてあげられるとよいのかなと。
なぜ活用形が大事なの?
なぜ活用形を勉強するのか。それはズバリ、「活用形」には機能が生まれるからです。
言語活動における機能とは「依頼をする」「許可をとる」「禁止する」「文を接続し、行為の順番を伝える」「意見・感想を言う」etc…のことで、たんなる描写や事実の列挙といった段階から一歩出た表現が使えるようになるということです。
もちろん一部の活用形には、機能以外にも相(アスペクト)や態(ボイス)という文法的側面も担うものもありますが、初級前半の間は主にfunction(機能性)に軸足を置いていきたいと思います。
学習者の中には「自分は『会話』ができるようになりたいんだ」、「自分のフォーカスは文法や漢字ではなくて『会話』だ」とおっしゃる方がいらっしゃいます。
この『会話』という言葉の中身を日本語学習という側面から言い換えると、初級の間はこの機能表現を増やすことなんだと思います。文法=活用形を知って初めて、会話力がつくのです。
でも、1~5課を学ぶ間は、そしてとりわけ母語が言語構造の違う言語圏の方には、この事実は実は隠されている…そういう中で、急に6課の「て形」という文法的飛躍がてきて…ううっとなってしまう方、なんだか大変なところに来ちゃったなと遠い目になる方、私がやりたいのは文法じゃなくて会話!と問題の矛先を変える方、今日は会話らしい会話は習ってないぞ!とついには逆切れなどなど、講師歴をある程度重ねた先生方なら、多少なりともそういうネガティブリアクションに当たったことがある方もいらっしゃるのではないかと思います。
どうやって活用形の重要性を学習者に伝えるか。
では、どうやって活用形の重要性を学生に説得したらいいのでしょうか。いかに「活用形」が会話力の向上に結びついていくのかを学生に説明したらいいのでしょうか。
以下、私がやっていることを参考までに…まずは6課の「て形」導入時。
1. 例を見せてみる
日常でなんとなく聞き覚えのある「ちょっと待ってください」や『Fun&Easy』を学習した学生なら既習の「(どうぞ)食べて・飲んでください」などを例に出し、これらのフレーズにはリクエスト(&オファー)の機能があること意識させます。
2. 動詞の形に注目!
辞書形やます形とは明らかに語尾が違うこと、そして、それらの語尾は「て」「で」などになっていて、何となく規則性がありそうだということに気づかせる。
そういう入口から、「て形」と呼ばれるこのフォームについて学びましょうと動機付けをして動詞のグループ分け、「て形」の変換ルールの説明へと入っていく。
3. 活用を学ぶと表現の幅が広がる
さらには「て形+ください」の練習が一通り終わったころぐらいでしょうか。
私は6課で学ぶ文型のほとんどがこの「て形」を使った機能表現だということを見せることにしています。
①てください(request&offer)
②てもいい(May I?)
③てはいけない(Not allowed)
④て・て(Sentence Connection)
このあたりの種明かしのやり方はいろいろあると思いますし、種明かしがいいか否かについて先生方の中でもいろんな考え方があると思います。学習対象者によってもやり方は変わってきますので、ここはこのあたりで止めておきますね。
今回は、初級の学習者に向き合うための心と知識の準備ということで、学習の設計図(グラウンドデザイン)について考えてみました。グランドデザインの基本は視点を目先に置かず、少し遠くを見ることです。これは講師にとっても学習者にとってもメリットがあります。私が学ぼうとしている活用は何に繋がるの!?と考えられるように学習者を誘導できるといいですね。「こんなことが日本語で伝えられるようになるんだ、便利じゃん。活用ってすごいかも」と思ってもらえたらしめたもの。きっと学習へのモチベーションも上がると思います!
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