日本語ならでは?の挨拶あれこれ

日本語ならでは?の挨拶あれこれ

ところ変われば品変わる、ではありませんが、「こんにちは」「ありがとう」と言ったどの言語にもあるはずのあいさつ以外にも、その国や地域の文化や慣習などが色濃く反映された固有の「あいさつ」表現というのも多くあるように思います。

今回は、日本語学習者が、混乱しやすく、理解しにくく、また使いにくいあいさつ表現について、それぞれ解説を加え、どう指導、説明していったらいいかを考えます。また、学生の理解を助ける(かもしれない)補助的に使える英語表現などについても紹介したいと思います。

教えはじめのころは、学生がなぜわからないかが、わからなかった

今から扱う表現たちは、誤用や使い方への質問が多く寄せられるものたちばかりです。英語に翻訳されていたとて、場面や使用方法がつかみにくいものばかり。外国語を学ぶときにMust-Knowの表現集、that’s入口の「あいさつ」表現だからこそ、日本語や日本文化の「らしさ」がわかって、比較文化的にもおもしろい領域だとも言えます。

①よろしくお願いします。

今から(将来的に)受けるであろう御恩や協力、配慮について先にお礼を言っておく表現。英語でも注意事項をあげてthank you for your cooperation.で締める方法があるので、先にお礼を述べておくというマインド自体は理解しにくくはないかと思います。が、まず最初にこの表現を学ぶであろう自己紹介という場面において、英語ではそのような表現をすることがないので戸惑う方も多い気がします。

とはいえ、典型的な使用場面は「自己紹介」を含む、新しく知り合った人同士の挨拶表現であるので、そこでの導入がもっとも望ましいです。大事なのは締めの一言closing expressionで使うことを明示すること。本によってはNice to meet you.のような訳語で出ているときもあるので、挨拶の最初に言ってしまわないよう指導しましょう。

英語を補助的に使うとすれば、Thank you in advance.、場合によってはI look forward to working with you.などがいいかと思います。「よろしくお願いします」はrequest(配慮・協力の依頼)およびgratitude(先取りの感謝)の表現なので。

②おつかれさまでした。

仕事終わり、会議終わりなど、互いの労(時間・労力)を労うために使う表現。大事なことは、一方方向ではなく、双方向、あるいは関わった人すべてのフラットな挨拶表現であるということ。英訳するとThank you for your hard work/your time.のようなニュアンスかと思われます。

これと並行して「おつかれさまです。」という言い方もありますが、意味は「おつかれさまでした」と同じく労をねぎらう表現(ただし「でした」は関与したことに関して、完了/終了のニュアンスが高いが、「です」は常態あるいは継続のニュアンスが含まれる)。それ以外にも、文脈や場面で異なる使い方をされるので「おつかれさまです」の扱いは慎重にしなければいけないです。

■多義な「おつかれさまです」の用法例
・会社の廊下での、すれ違いざまの挨拶「こんにちは」の代わりに使う
・会議の始めの挨拶として「お集りいただきありがとう」の代わりに使う

③あけましておめでとうございます。よいお年を。

「よいお年を」は、年末のあいさつであることを強調して教えます。一方、「あけましておめでとうございます」は年始のあいさつであることを強調しましょう。というのも、英訳では、どちらも(Have) A Happy New Year!としか表現できないため、年末に「あけましておめでとうございます」と言ってしまったり、年始に「よいお年を」と言ってしまうという誤用が生まれやすいからです。

④おめでとう

最近、日本古来のイベントではない「クリスマス」「ハヌカー」「クワンザ」などに「おめでとう」を付ける表現を見ることがあります(まだ一般的ではなくレアケースだとは思いますが)。これは、日本語を学ぶ学習者のほうにありがちなカタカナ嫌いともいえる、過剰適応反応の一つだともいえるかと思います。私の教えた歴代の学習者の中にも何人かいらっしゃいましたが、「どうして日本語があるのに日本語を使わず借用語(カタカナ語)を使うのか」という怒りにも似た疑問があるようです。
ですが、本来「おめでとう」は、個人的なライフイベント(結婚、卒業、出産、昇進など)といっしょに使います。むしろ祝日や年中行事である「新年おめでとう」「明けましておめでとうございます」は例外的であるのです。
以前学生に「女性の日おめでとう(Happy Women’s Day)を訳したと思われます)」と言われて、しっくりこなかった経験があります。ここは「ハッピーウーマンズデイ」とカタカナ語のほうが自然かなと個人的には思っています。本当の発音に近づけたいなら「ハッピーウィメンズデー」ですが…。
とにかく「おめでとう」は本来個人的なイベントの際に使うので、大勢の人のためのcelebrationには合わないと思います。というような注釈をつけるのであれば「クリスマス・ハヌカー・クワンザおめでとう」もありでしょうが、個人的にはやはり「メリークリスマス」「ハッピーハヌカー」「ハッピークワンザ」とカタカナ表記が自然に思えます。

まとめ

上記に挙げた以外にも、まだまだ論じるべき表現があります。
⑤おかげさまで
⑥いってきます。いってらっしゃい。ただいま。おかえりなさい。
⑦どうも
⑧お世話になっております。
これらは次の機会に譲るとして、その言語固有のあいさつ表現は、意味そのものよりも「いつ・誰が・どの立場で使うか」という語用論的条件に強く依存しているので、学習者が混乱するのは、その前提となる文化的共有知が省略されているからです。日本語教師の仕事は、正しい訳語を与えることではなく、その省略された前提を、場面・時間軸・人間関係として可視化することにありそうですね。

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