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「おそい」の誤用の理由を探る
初級語彙の中でも誤用が多い
「おそい」は初級語彙で、かつ日常語彙でもあるため、一見簡単そうに思えますが、実は学生の誤用が多い語彙でもあります。初級の学習者のみならず、中級以上の学習者でも、正しい使い方ができない学生が多くいるのではないでしょうか。
どうして誤用が多いのか。その大きな理由の一つに「訳語(英語の場合、’late’, ‘slow’と、二つの異なる意味の訳が出て来る)」が大きく関係していると思います。そのことも含め、誤用の理由を掘り下げておくと、教える側は誤用訂正のときに慌てません。
というわけで、今回は「おそい」について考えてみることにします。例文をたくさん出すこと(coto講師のみなさんから募りました)で、日本語ネイティブだからこそ、気づかなかった「おそい」の多層性が見えてきました。
例文からわかった「おそい」の意味
そもそも日本語の「遅い」は何でしょうか。例文から3つの意味が見えてきました。
①スピード:速さが不足していること、十分でないこと
足が/仕事が/歩くのが/ネット回線が/料理の来るのが/準備が/頭の回転が遅い…など。
②タイミング:(適正)時間よりbehind:遅れていること
おそくなってすみません、おそい時間に電話してごめんなさい、おそくに失礼します…など。
③順番:前後でいうと後のほう
遅番、遅生まれ、遅咲き、遅い番号 遅めの番号…など。
ここで大事なのは、①スピードと②タイミングには評価(良い⇔悪い)があることです。しかもそれは、悪いほうの評価、マイナス・ネガティブ評価です。しかし③順番には、評価はない(criticalな意味がない)ことのほうが多いような気がします。
その他
3つの違い意外にも注目すべきは、「おそい」の品詞や拡張語彙の多様性です。
品詞で言うと、おそい(形容詞)、おそく(副詞)、おそさ(名詞)があります。語彙のパターンも、名詞として、おそめ(どちらかというと遅いほう)という表現もあるし、遅咲き・遅番など汎用的なフレーズ、また文語的表現「遅きに失する」などもあります。
学生が誤用をした場合、何が原因で、どのパターンの間違いなのかをクリアにして説明してあげることが重要になってきます。次で具体的な直し方について見ていくことにしましょう。
学生のよくある間違い
では、学生の誤用文を出しながら、訂正の方法について考えていきます。「おそい」は日常語彙であるため、学生にとっても使う頻度が多く、そういう意味で間違いを引き出す(?!)のは容易です(意地悪な言い方ですが、学習者が簡単に間違えてくれる)。
例1:おそい返事
Sorry for my late reply.
誤:遅い返事をすみません。
正:返事がおそくなってすみません。
これは、日英の言語構造および発想の違いから出る間違いだと思われます。
統語的に英語は状況描写には、名詞句(late replyのように)を使うことが多いように思います。そして特にフォーマルで厳格な言い方になればなるほどその傾向が強いようにも思われます。一方、日本語は動詞文の発現率が高い。なので、日本語だと「返事が遅くなる/遅れる」に、状況や場面の要求からモダリティをつけて「遅くなってしまう/遅れてしまう」などというのが自然です。
誤用の訂正方法としては、これについてはメール文ですので、もうある程度「決まった言い方」として「返信が遅れてしまい、申し訳ありません」「返信が遅くなり、失礼いたしました」というような定型表現として教えたほうがいいかもしれません。文法の解説をするのもいいですが…端的には「セットフレーズ」という言葉で説明するのもアリです。
例2:おそい出た
I left home late.
誤:今日はうちを遅い出た。
正:今日はうちを出るのが遅かった/出かけるのがおそくなってしまった。
これはまず訂正の第一弾として品詞(形容詞→副詞)の選択の間違いを指摘するのがいいかと思います。「出る」という動詞を修飾するのであれば、それは【副詞】であるべき。それなら遅い(形容詞)ではなく遅く(副詞)にしましょう→今日はうちを遅く出た、が正解です!のように説明します。しかし、日本語の表現としては若干不自然なので(遅れて授業に来たことへのエクスキューズという場面ゆえ)、余裕があれば「うちを出るのが遅くなってしまって…(すみません)。」などと直してあげるといいかと思います。
例3:おそく話してください。
Please speak slowly.
誤:すみません、もう少しおそく話してください。
正:すみません、もう少しゆっくりはなしてください。
これは英語だと「おそい」も「ゆっくり」もslowに集約されるため起きやすい誤用です。「おそい」はネガティブ評価のある語彙だから、そうではない「ゆっくり」を使いますよと説明するのがいいのかなと思います。この場面では、スピードを落とすことにマイナスの価値や評価がないので。
余裕があれば、「ゆっくり」には、むしろポジティブな意味がある(急がないでいい、リラックス感がある、緊張感がない)ことにも触れて、「ゆっくりしてください」「ごゆっくり」などのrelax, take it easy, take your time, no rushみたいな意味がある表現も多いことを付け加えるといいかもしれません。
その他
上記以外にも、いくつかよくあるまちがいのパターンがあります。
・おそくなる、おくれる、遅刻するなど、類似動詞表現内での混乱→この語彙の違い、用法についてはまた他の機会に扱ってみたいと思っています!
・「今日はおそい」I am slow today. これは、「今日は頭の回転がわるい(つかれている)」という意味で英語話者が使うことが多い表現です。言いたい意味はわかりますが、日本語としては不自然です。日本語では「今日は頭が働かない」を使う、つまり「頭が仕事をしない」という意味ですよ!意訳を添えて教えてあげると喜んで覚える人が多いように思います。
「おそい」の概念はどの言語にも間違いなくあると思いますが、使える場面やニュアンスなどが微妙にズレていることが多いと感じます。学生が誤用をしたとき「簡単な語彙なのになぜ間違うの?」と思わずに、母語(訳語)で単純置き換えをしているからではないか?など、一歩俯瞰して間違いの原因を探り、的確な説明(誤用訂正)ができるといいですよね。そして、その違いこそが言語を学んでいておもしろいところなので、学生とそういう点について共有・共感・共鳴ができると、教える側、教えられる側の間に信頼感みたいなものが生まれます。誤用の副産物は大きいですね!
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