日本語の授業で「導入」をサボるとどうなるのか?

「導入」をサボるとどうなるのか?「~ましょうか」「~ませんか」を例に

 

「導入は大事」だというが

 

他の先生のレッスンを見学させていただいて、いつも勉強になるのは「文型の導入」。

どんなシチュエーション設定?学生からどんな発言を引き出そうとしている?どのように文型に持っていく?など考えながら見学しています。先生方の個性が出るので、ちょっとワクワクしちゃいます。

導入はとても大切なので、「どのように導入するか」はCotoでもトレーニングを受けます。ただ、天邪鬼のわたくしは「逆に、導入をサボるとどうなる?」と疑問に思ったのです。

というわけで今回は、導入をショートカットした場合に何が起こるかについて考えていきます。

この導入の問題点は?

早速ですが、次の導入についてどう思いますか?

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教師

はい。今日は“Let’s”を勉強します。

(例文を提示) 

あそこでコーヒーを飲みましょうか。

「~ましょうか」は“Let’s”です。

「飲みましょうか」は“Let’s drink”です。

ますform「飲みます」 、「す」drop、change to 「しょうか」です。

簡単ですね。じゃあ、練習しましょう。 

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…というわけで、

・例文を提示し

・媒介語である英語と対応させて

・型の説明

という流れになっています。

さて、これを聞いた学生の頭の中は、こうなっているかもしれません。

(なんでいきなりコーヒーに誘うシチュエーションが出てきたんだ?)

(Let’sを使う場面には全部使えるの?)

(「飲みましょうか?」と「飲みませんか?」は何が違うの?)

「ましょうか」=「ませんか」?

まず、学生が疑問に思う可能性がある「~ましょうか」と「~ませんか」の文法的な違いを、教師が理解しておく必要がありそうです。

この2つの表現の違いが体感的に分かるテキストがあります。

Japanese for Busy People Book』というテキストで、この中に以下のような会話文が掲載されています。

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加藤:スミスさん、今週の土曜日に浅草でお祭りがあります。一緒に行きませんか。

スミス:いいですね。行きましょう。なんで行きましょうか。

加藤:地下鉄で行きませんか。

スミス:そうしましょう。どこで会いましょうか。

加藤:浅草駅の改札出口で会いませんか。

スミス:はい。何時に会いましょうか。

(実際のテキストは平仮名表記ですが、読みやすいように漢字を使用しています)

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「ましょうか」は、相手の合意を得たうえでの「私たちの行動」となっています。

例えば、「どこで会いましょうか」は、加藤さんがスミスさんをお祭りに誘い、それに合意したので、一緒に行くことが決まった状態で使われています。つまり、2人で行動することが前提としてあるわけですね。英訳を見ても「Where should we meet?」と「we」が使われています。

同じように、待ち合わせをすることが決まったあとにある「 何時に会いましょうか」も、「What time should we meet?」と、「私たち2人の行動」が前提となった「we」となっています。

では、「~ませんか」はどうでしょうか。「一緒に行きませんか」は、誘っているだけで、まだ相手の合意を得ていません。そのため、英訳でも「Won’t you go with me?」となっており、「you」にお伺いを立てているのがわかります。

「地下鉄で行きませんか」も、同じように「Would you like to go by subway?」で、この時点では「you」を誘っている段階です。誘ってはいるものの、相手の同意を得ていないので、まだ「私たちの行動」にはなっていません。

この会話文は、「~ましょうか」と「~ませんか」の違いが自然に理解できるように作られている好例だと思います。 

『GENKI』と『みん日』で比較

次に日本語のテキストとしてよく使われる『GENKI』と『みんなの日本語』で見ていきたいと思います。

①『GENKI』

『GENKI』は、Cotoでも常連のテキストです。英語スピーカー向けのテキストのため、日本語文のすぐ下に英訳があるのが特徴のひとつとなっています。

まず、「~ませんか」は、the present tense negative verb(ます形の否定形)を習う流れで、第3課に登場します。英文での説明には「invitation」と書かれてあります。

例文として、以下の2つが掲載されています。

・昼ご飯を食べませんか。What do you say to having lunch with me?

・テニスをしませんか。Will you play tennis with me?

次に、「ましょう/ましょうか」は、第5課に登場し、「let’s」「to suggest a plan of action」と説明されています。

・一緒に図書館で勉強しましょう。Let’s study in the library together.

・あそこでコーヒーを飲みましょうか。Shall we drink coffee over there?

うーん、たしかに教師が文型をよく咀嚼しないと、『「~ましょうか」は「let’s」だよ』と安易に言いたくなりますね。。。

なお、『GENKI』では「~ましょう」の別の使い方が第6課に登場します。「Offering Assistance」の意味として、「let me do」と説明されています。

例文として以下の2つが記載されています。

・私がやりましょうか。 I’ll do it.

・荷物を持ちましょうか。 Shall I carry your bag?

これも、テキスト通り「shall I」とか「let me do」と、英語と対比させて教えるのはキケンな香りがしますね。例文だけでは使われている状況がわかりませんし、日本語には「~させてください」「~てあげましょうか」といった似たような表現があり、英語訳と完全なイコールにはならないからです。 

②『みんなの日本語』

次に『みん日』を見ていきましょう。

『みん日』では、第6課で「~ませんか」と「~ましょう」が同時に登場します。

以下の会話文の記載があります。

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佐藤:あした友達とお花見をします。ミラーさんもいっしょに行きませんか。

ミラー:いいですね。どこへ行きますか?

佐藤:大阪城です。

ミラー:何時に行きますか。

佐藤:10時に大阪駅で会いましょう。

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この会話文だけで『みん日』の評価をするのはどうかと思いますが、個人的には「~ませんか」と「~ましょう」の違いは、『Japanese for Busy People Book』のほうがわかりやすいような気がします。

ちなみに、日本語ネイティブからすると、上記会話文に出てくる「~ましょう」は、「~ませんか」より会話の誘導力が強い印象があります。誘っている佐藤さんが、会話のイニシアティブをとっている感じでしょうか。

ちなみに「Offering Assistance」の意味での「~ましょうか」は、第14課に登場します。

「会話」にはその文型は見当たらず、「文型」の中に「荷物を持ちましょうか」、そして「例文」の中に「暑いですね。窓を開けましょうか。」「すみません。お願いします。」という文が掲示されています。

「~ましょうか」が、手伝いを申し出る(Offering Assistance)の意味として出てくるのが、「~ませんか」「~ましょうか」(invitation)より後であることは『GENKI』と共通しています。ですので、使われる場面を学生にイメージさせながら、既習の文型との使い方や意味の違いを、説明できるようになっておく必要がありそうですね。

導入をショートカットして英語(媒介語)で教える弊害

ここまで見てきたように、「~ませんか」「~ましょう」「~ましょうか」をすべて“Let’s”とするのは、なかなかに無理があります。

例文を提示し、英語などの媒介語と対応させて、型の説明をする…。それは確かにスピーディな展開には違いませんが、以下のような弊害があるように思います。

・媒介語と完全にイコールの意味・機能とは限らない

・いつまで経っても媒介語に頼ってしまう

・背景がわからないので、使うべき状況がイメージできない

・学生が言いたい!使いたい!という気持ちになりにくい

・学生の記憶に残りづらい

特に日本語のようにハイコンテクストの言語は、導入で状況をしっかり学生にイメージさせる必要があると感じます。その状況設定がなければ、「これ、日本語で何て言うんだろう?言いたいんだけど…言葉が出てこない!知りたい!言えるようになりたい!」と学生のモチベーションをあげる大切な機会もなくなってしまうのです。

今回は、導入をサボるとどうなる?というテーマで、導入の重要性を考えてきました。

その中で媒介語を使う弊害についても触れましたが、もちろん悪いことばかりではありません。ただ、媒介語を使用する際には、デメリットをよく理解する必要があると考えます。

媒介語については、記事がたくさんあります。よろしければご参照ください。

日本語レッスンで英語をどう使う?【前編】

日本語レッスンで英語をどう使う?【後編】

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