「ビジネス日本語」を教える

ビジネス日本語を教える

「ビジネス日本語を教えてください」みなさんなら、このシンプルな学習者からのリクエストにどう対応しますか。

cotoでも昨今ビジネス日本語のニーズが高まっています。この背景には、レベルの底上げ(数年学び続けた結果として、上級あるいはそれ以上までレベルが上がった)があるでしょう。また、日本企業で働く人たちが増えたり、その中でも要求される場面や日本語のレベルが上がってきたという側面もあることかと思います。

◆「ビジネス日本語」と一括りに言っても…

「ビジネス日本語を教えてください」というシンプルなリクエストはなぜ難しいのでしょうか。いくつか理由を考えてみました。

①学習者自身、なにを学びたいかが、実はわかっていない。

筆者の体感ですが、5年ほど前までは就職面接の練習をしたい、プレゼンの資料の添削をしてほしいなど、比較的具体的なリクエストが多く、その人の実際の日本語レベルとの調整という難しさはあったものの、成果物やゴールがはっきりしていたため、リクエストに答えるのにさほど苦労はなかったように思います。

しかし、ここ数年、会社から日本語のレベルを上げるようにと言われたなど、どこをどうしたいという具体性のないリクエストが多くなってきたような気がします。また今後のためにビジネス日本語を学んでおきたいという漠然とした上級・超級への欲求だけがあるような状態も多いと感じます。

②学習者本人から直接聞く情報だけが頼り。

cotoでは入学の際、レベルチェックとインタビューを行うため、学習背景やレベルなどは事前に把握できることも多いのですが、実際に学習者が困っていることや、社内環境、そこでの立場や会社から求められている日本語力などについての詳細は、学習者本人に会うまでつかめません。つまり最初のインタビュー時に学習者を類型化し、ゴールまでの学習方法を決めてしまうことが、初級やJLPT対策などと比べ、難しいのです。

そのため、実際に対策を練って練習を始めること、軌道に乗せて走っていく準備が通常より時間がかかり、その点で、講師の経験値が求められます。また、何より学習者自身が現状や問題点を十分把握し、それを講師にうまく伝える術があるのかという問題もあります。そのうえで、学習者および会社の納得する「いい」結果を出すためには、講師と学習者(および会社)間の綿密なコミュニケーションが必要になってくるでしょう。

さらに、たとえ実情を把握できたとしても、講師のほうが学習者の業界に門外漢であることも多く、果たして業界特有の特殊な語彙・知識にキャッチアップしていけるのかという別の問題もあります。

③万能なテキストが、ない。求められている「ビジネス日本語」が人によって様々。

ここ数年で学生の背景やニーズの多様化が進んできました。にもかかわらず、いやそれゆえに?これらをあまねく網羅するような万能なテキストがないという点が、講師の頭痛の種にもなっています。

現状、ほとんどの一般ビジネス日本語テキストは、新人社員、営業職という体裁で書かれたものが多いと思います。しかしここ数年、学習者さんのバックグラウンドや目的は、多様になってきています(筆者の学生などは、日本人の部下を統括する立場の人、上司の身分である人たちも多いです)。一般的な、だれにでも最低限必要な「ビジネス日本語」と、学習者さんのニーズやレベルや背景に合わせた「ビジネス日本語」との間で苦悩する先生方も少なくないように思います。

◆学生は何を学ぶべきか、講師は何が教えられるか

問題山積のビジネス日本語。しかし、いくら要求がつかみにくく、対応しづらいからと言って、講師たるもの立ち止まって、手をこまねいているわけにはいきません。

ここでは「ビジネス日本語」でコアとなる何を学ぶべきか、最大公約数のとれる事項、汎用性のある基本について考えてみたいと思います。

学ぶべくは、何か。

  • しかるべき語彙

 カジュアルとフォーマルな語彙が混在しないよう指導すること(剛柔のバランス)

 文脈や立場ごとに適切な語彙が選択できるようにすること(例えば、salesという英語には営業、売上、販売など多数の語彙がある、どれをどう使うかを指導する)

 ビジネス場面でカタカナ語の使用は避けられないことを学生に認識させること(学生のほうが日本語使用にこだわりがち、新しい概念などはカタカナのまま使用することも多い)

  • しかるべき文型

 N3以上の文型を積極的に使うこと(初級文型では伝えらえないニュアンス、自身の立場、気持ちなどを上乗せするよう指導する)

  • しかるべき敬語

 場面と人間関係に配慮して使用すること(敬語の使用は最低限でいい。間違わないことのほうが大切)

  • しかるべき運用

 非言語的あるいは文化的要素を指導すること(例:答えを先延ばしにする、におわすなどのストラテジーなど)

 発音指導。発音がおろそかなまま上級まで来てしまう例も多い。伝わらないと意味がないことも意識させるのが大事。

◆具体的な練習方法とニーズ起こしの方法について

①フレーズ集を丸覚え

シンプルですが、基本のフレーズを頭にたたきこんでスムーズに言えるようにしておく。これほど大事なことはないように思います。丸覚えといいつつ、大事なのは機能、場面、文型とブレイクダウンしておくことです。これで基礎があれば使用範囲が広がります。

  • 例1

機能:謝罪

語彙と場面<遅れる>:

おそくなって、申し訳ありません。

お返事がおそくなって、申し訳ありません。

お待たせして、申し訳ありません。

文型:~て、謝罪表現(すみません、申し訳ありません、ご迷惑をおかけしてしまいましたetc…)

  • 例2

機能:導入、話を始める

場面<話を始める>:

先日の件なんですが、

先日ご相談した件なんですが、

先日お話した通り、

文型:~(の)件、~通り、~なんですが…

②ニーズを掘り起こそう

「ビジネス日本語」に関しては、学習者のニーズを掘り起こすこと(インタビュー力、聞く力)こそ、もっとも大事な講師の能力の一つかと思います。その後は、分析、問題点の把握から具体策(学習方法と方策を練る)を作成すること、そして提案力(プレゼン、エンカレジメント)も必要になってきます。

さらに、学習者との合意形成は大事です。学習者は言語学習のプロではありません。あくまで船頭さんは講師自身であることは、意識しておきましょう。例えば発音など、ネイティブである講師以外、正誤判断(許容範囲)ができません。文法や敬語もしかり。努力の先の見えないゴールに導けるのは講師しかいないのです。学習者にgoalまでのhowを納得させて始める、講師の手腕が問われるところです。

最後に簡単ですが、ニーズ調査のときに聞くべき項目について挙げておきます。

  • 職場での英語と日本語の割合を聞いておく→現状把握と理想へのギャップを測るため。
  • 日本語能力が足りず、恥ずかしかった(困った、悔しかった)経験などを共有してもらう→学生の学習の動機付けにつながる。
  • 日本語がもっとも必要とされる場面と相手(会議?雑談?上司に?クライアントに?部下に?)を把握しておく→指導すべき語彙や敬語レベルが判断できる。

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