「以内」と「以下」は何が違うのか―日本語教師のための“意味機能”からの整理―
「以内」と「以下」はどう違うのですか。
授業中、学習者からこう聞かれて、少し考え込んでしまった経験のある教師は少なくないのではないでしょうか。どちらも数値の上限を示す表現であり、実際、次のような文では互いに置き換えても大きな問題はなさそうに見えます。
・自己PR文は300字以内でお願いします。
=自己PR文の文字数は300字以下でお願いします。
・プレゼントは1000円以内でお願いします。
=プレゼントの金額は1000円以下でお願いします。
・持ち込む荷物は115cm以内でお願いします。
=荷物の大きさは115cm以下でお願いします。
このような例を見ると、「以内」と「以下」は値段や長さ、文字数などの数値と共に用いられる、ほぼ同義の表現のようにも思えてきます。
しかし、少し視野を広げてみると、そう単純ではないことがわかります。
- なにか不備があれば、3日以内にご連絡ください。
- 今からトイレ休憩です。10分以内にお戻りください。
- 上位5位以内に入れば、次の大会への出場権が与えられる。
これらの文において、「以内」を「以下」に置き換えることはできません。また逆に、
- 睡眠時間は4時間以下だ。
という文では、「以内」を用いることが不自然になります。
では、何がこの違いを生み出しているのでしょうか。
時間、距離、順位など、「以内」と共起しやすい数詞の種類に着目して説明したくなるところですが、
- 4時間以内に出国しなければならない。
という文が自然である一方、
- 睡眠時間は4時間以内だ。
が不自然であることを考えると、同じ時間表現であっても置き換えの可否が異なることになります。つまり、「時間だから【以内】が使える」といった助数詞レベルでの説明には限界があると言えます。
ここで、数詞そのものではなく、その数詞が文中でどのような役割を果たしているかに注目してみましょう。
- 睡眠時間は4時間以下だ。
この文における「4時間」は、実際の睡眠時間という量を、標準値あるいは基準値と比較して、それが多いか少ないかを『評価』するための尺度として用いられています。この文には、「4時間を下回る=十分ではない」という『評価的な』ニュアンスが含まれています。「以下」は、このように量的な実態を標準値や基準値と照らし合わせて判断する際に用いられる表現だと考えられます。
一方、
- 4時間以内に出国しなければならない。
における「4時間」は、出国という出来事が成立するまでに『許容』される時間の範囲を示しています。ここで問題となっているのは時間の多寡ではなく、「出国」という行為が成立し得るまでの時間的範囲です。
同様に、
- 上位5位以内に入れば、出場権が与えられる。
という文における「5位」も、順位の良し悪しを評価しているのではなく、「出場権が与えられる範囲」を画定する境界として機能しています。仮にこれを「5位以下」とした場合、「5位より下であること」を意味してしまい、評価の方向性が逆転してしまうのはこのためです。
つまり、「以内」はある出来事の成立が『許容』される時間・空間・順位などの範囲を設定する際に用いられる表現であり、「以下」は測定された量的実態を標準値・基準値と比較し、その大小を『評価』する際に用いられる表現であると整理することができるのです。
この違いは、法令文の用法にも見て取れます。例えば、映画館での盗撮行為に対する刑罰は「10年以下の懲役または1000万円以下の罰金」と規定されていますが、ここで問題となるのは刑罰の重さという『評価』尺度であり、その範囲内で量刑が判断されることになります(一般社団法人日本映画製作者連盟の解説によると、上映中の映画の無断撮影は著作権法違反等に該当します)。このような場合、「以内」を用いることはできません。
以上のように、「以内」と「以下」の使い分けは、共起する数詞の種類によってではなく、その数詞が文中で『評価』尺度として機能しているのか、それとも出来事の成立条件としての『許容』範囲を設定しているのかという意味機能の違いによって説明することが可能になります。
授業においては、
「以下」
“これ(標準)より小さいかどうか”
というただの尺度、文脈によっては『評価』
a value to be compared= “or less”
「以内」
“ここまでに入ればOK”という『許容』条件、
a condition to be met= “within”
といった形で整理して提示すると、学習者にとっても理解しやすいのではないでしょうか。
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謝辞:ここで使用した「以内」の例文のいくつかは、coto校内のオンラインコミュニティにおいて不定期に行っている「例文作成トレーニング」にて、coto講師のみなさまから提出していただいたものです。ご協力いただいた先生方には、この場をお借りして感謝申し上げます。







