「嫌われたくない…」日本語教師が注意できなくなる4つの理由

「嫌われたくない…」日本語教師が注意できなくなる4つの理由

 

育成担当者のよくあるお悩み

私は研修講師・キャリアコンサルタントとして、民間企業や国家機関、自治体、大学などで研修やワークショップを行っています。

人材育成をテーマにした研修では、ほぼ必ずと言っていいほど、次のようなお悩みが挙がります。

  • 部下を注意しなければならないが、どう伝えればいいのか迷ってしまう
  • 自分でやったほうが早いので、結局何も言わずに終わってしまう
  • 自分も完璧ではないのに、叱る資格があるのかとためらってしまう
  • 優しさだけでは不十分だとわかっているが、厳しくするタイミングが難しい
  • そもそも、どの場面で何に対して厳しくすべきなのかわからない

部下や後輩の成長を願い、育成に真剣な方ほど、このような悩みを抱えがちです。

自分の叱り方について「これでいいのか」と考えていること自体、誠実に仕事に向き合っている証だと、私は思います。

さて、この「厳しさの匙加減」や「叱り方」の難しさは、日本語教師の世界にもそのまま当てはまるのではないでしょうか。

cotoの学生さんのほとんどは「大人」です。教師より年上であることも珍しくありませんし、高学歴で社会的地位の高い方も多くいらっしゃいます。

そのため、子どもに対する「厳しさ」とは性質が大きく異なります。注意すること自体に抵抗を感じたり、「今回は目をつぶろう」と見逃してしまったりすることがあっても、不思議ではありません。

特にキャリアの浅い先生ほど、学生の意向を尊重しようとするあまり、必要以上に同調してしまう傾向があるようです。

しかし一方で、学生から信頼を集めている先生方は、やはり伝えるべきことをきちんと伝えています。厳しくすることが目的なのではなく、適切に線を引けることが、教師としての信頼につながっているように感じます。

優しさと迎合は、似ているようでまったく別物なのです。

注意できない原因とアプローチ法

私の研修では、「なぜ必要な場面で厳しくなれないのか」「なぜ適切に注意できないのか」といった問いに対して、いきなり解決策を示すことはしません。

まずは、その背景や原因を探るワークから始めます。

原因が異なれば、取るべきアプローチも変わるからです。

これはあくまで、現場での私の経験に基づく整理ですが、うまく叱れない原因は、大きく次の4つに分けられると感じています。

①適切な言い方がわからない

「ここは注意すべきだ」と頭では分かっている。しかし、どう言えば相手に伝わるのか分からない。角が立たない表現がとっさに出てこない――。

こうした“伝え方のテクニック”が壁になっているケースです。

この場合、必要なのはやはりトレーニングです。

書籍や勉強会で、伝え方の型を学ぶのも一つの方法でしょう。「伝え方」などのキーワードで検索すれば、多くの参考書が見つかります。

また、ベテランの先生に具体的な言い回しを相談したり、実際の授業を見学させてもらったりするのもいいですね。

重要なのは、“考え方”ではなく“台詞レベル”で練習することです。

頭の中で整理するだけでは不十分です。実際に口に出してみて初めて、自分の言葉の曖昧さや一方通行な伝え方の癖に気づくことができます。

研修では、たとえば「指示待ちの部下」にどう声をかけるかといった場面を設定し、ロールプレイを行います。

ケーススタディでは「相手の思いや意見を聞いたうえで、具体的にアドバイスする」と模範的な回答をされる方も少なくありません。

しかし実際にやってみると、抽象的な助言を一方的に伝えているだけ、というケースは意外なほど多いのです。

②「言ったら嫌われるのではないか」という思い込み

これは、テクニックの問題というよりも、認識や心構え――いわば“メンタル”の問題です。

近年は人権意識の高まりもあり、「厳しく言うとハラスメントになるのではないか」と不安を抱く声をよく耳にします。その結果、必要な場面でも遠慮してしまい、伝えるべきことを伝えられなくなるのです。

また、「今の若い人は、注意するとすぐ落ち込む」「反発されるかもしれない」といった認識がブレーキになっているケースもあります。それが実体験に基づくものなのか、それとも思い込みなのかは、いったん立ち止まって考えてみる必要があるでしょう。

さらに、「完璧な伝え方ができないなら言わない」「相手が100%納得しないなら言わない」というのも、一種の思い込みです。

とはいえ、自分の思い込みにはなかなか気づけないものです。

以前、思い込みやコミュニケーションの傾向を整理するための記事を書いていますので、よろしければ参考になさってください。

「なんで分かってくれないの!」そんな時どうしてる?自分のコミュニケーションの傾向を知ろう【①セルフチェック編】

「なんで分かってくれないの!」そんな時どうしてる?自分のコミュニケーションの傾向を知ろう【②解説編】

本来、注意や指導は“合意を取ること”が目的ではありません。

必要なメッセージを、誠実に伝えることが目的のはずです。

「嫌われたくない」と思うのは、とても自然な気持ちですが、「嫌われないこと」と「信頼されること」は、必ずしも同じではありません。

③基準や教育方針がない or 不明瞭

これは個人の資質というより、組織の仕組みや体制の問題です。

多くの企業や公的機関では、新入社員・新任職員を効率的に育成するために、育成計画や評価基準が定められています。指導は、その枠組みに沿って行われます。

しかし、その基準が存在しない、あるいは共有されていない組織では、次のような混乱が起こりやすくなります。

  • この態度は注意すべきなのか?と迷う
  • そもそも、これは教えるべき内容なのか?と悩む
  • 人によって叱ったり叱らなかったりでブレている

日本語教育の現場でいえば、学校方針や受講ルールにあたるでしょう。

教師は、本来それらの方針やルールを根拠として注意を行います。

しかし、それが明文化されていなかったり、十分に共有されていなかったりすると、指導の正当性が弱くなってしまいます。

「何が望ましい姿なのか」という共通の物差しがなければ、指摘は指導ではなく、個人的な価値観と受け取られてしまう可能性もあります。

厳しさとは、個人の気分ではなく、共有された基準に基づくものです。

だからこそ、まずは方針やルールを明確にし、それを組織内で共有することが出発点になります。

④関係性の土台ができていない

  • 信頼関係がまだ十分に築けていない
  • 授業の目標やゴールがきちんと共有されていない
  • 教師としての役割や立場が、あいまいになっている

こうした状態だと、たとえ正しいことを言っていたとしても、「アドバイス」ではなく「攻撃」のように受け取られてしまうことがあります。

なぜなら、相手の中に「この先生は自分の成長を思って言ってくれている」という前提が、まだ十分に育っていないからです。

つまり、注意できないのではなく、注意がうまく機能する土台が整っていないということかもしれません。

  • 初回オリエンテーションで何を共有しているか
  • 「なぜこのルールがあるのか」を説明しているか
  • フィードバックは日常的に行われているか(注意が突然イベント化していないか)

こうした土台づくりがないまま注意をすると、どうしても唐突に感じられてしまいます。

厳しさは、その場で急に出すものではなく、日々の関わりの積み重ねの中で育っていくものなのだと思います。

「今回だけは見逃そう…」のリスク

「本当はよくないけれど、今は時間もないし、今回は見逃そう」

「学生さんも強く希望しているし、今回だけ特別ルールで対応しよう」

こうした“前例”をつくることに、リスクはないのでしょうか。

答えは――あります。残念ながら。

「前も同じことをやったけど、何も言われなかった」

「前の人はやってくれた」

これは、サービス業界で問題になるカスタマーハラスメントでも、よく使われる言い分です。

もちろん相手の言い分が事実でない場合もありますが、実際に“その場を収めるための特別対応”が前例になっているケースも少なくありません。

その結果、後から入ったスタッフや別の担当者が苦しむことになります。

「前にやっている以上、断れない」という状況が生まれてしまうのです。

私は、前任者の特別対応や見逃しに起因することで生まれるクレームに苦しむスタッフさんをたくさん見てきました。

目をつぶること、その場しのぎの対応をすることは、一見やさしさのように見えて、後々自分や周囲の首を締めることにもなります。

これは、教師と学生の関係にも同じことが言えるのではないでしょうか。

「厳しく」よりも「適切に伝える」

小さな子どもが相手なら、強めに注意することで「先生に怒られないようにしよう」と行動が変わることもあるでしょう。

でも、私たちが向き合っているのは大人の学習者です。教師と対等な立場で学びに来ている方々です。

ある先生がこんなことをおっしゃっていました。

「私は“厳しく”というより、“言うべきことはきちんと言う”を大事にしています」と。

私も、その言葉にとても共感しています。

察してもらうことを期待するのではなく、伝えるべきことは、ちゃんと言葉にする。

まわりくどい言い方ではなく、シンプルに、誠実に。

それが、結果として信頼につながっていくのではないでしょうか。

(ご参考)

日本語婉曲表現の今昔〜回りくどい表現は「攻撃」になる??〜

「空気読んで…」日本語教師として気をつけたい、高コンテクスト文化の利点と弊害

きちんと伝えても、相手に変化が見られないこともあります。

そのときは、「これは本当に自分の責任の範囲かな?」と、少し立ち止まってみてください。

他者の課題まで抱え込まなくても大丈夫です。

教師ができるのは、誠実に伝えるところまで。

そこから先は、相手の選択でもあります。

厳しさとは、強さではなく、一貫性と誠実さなのかもしれません。

関連する記事もありますので、よろしければのぞいてみてくださいね。

(ご参考)

「学生が思い通りにならない!」イライラの処方箋~「関心の輪と影響の輪」のお話~

日本語教師あるある!?学生の受講態度が気になるとき

 

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