日本語教師の心構え:「日本語の授業マニュアルがほしい!」に弊害はないのか?

「日本語の授業マニュアルがほしい!」に弊害はないのか?

「ベテランが退職するのでマニュアルを作りたいんです!」

以前、マニュアル作成のワークショップのためにある企業さんにお邪魔した時の話です。

社員さん方からお困りごとをヒヤリングしていた時、このようなお声が挙がりました。

「ベテランが退職してしまうので、マニュアルを作りたいんです!」

そのベテランさんについてお話をうかがったところ、長年鍛え上げてきたスキルと経験を持ったとにかく仕事ができる人で、さらにお人柄も素晴らしいのでクライアントからの信頼も厚いんだとか。「彼に辞められたら大変なんです。だからまだ在職しているうちに全部マニュアルにして残しておこうと思って」と。

うん。無理ですね。…とはさすがに言えないので、「素晴らしい先輩がいなくなるのは心細いですよね。でもマニュアル化するのに向いている業務とそうじゃない業務があるので、まずはそのベテランさんの抱えている業務を全部洗い出してみましょう」と伝え、作業してもらったのですが、マニュアルにできるのはやはり一部でした。

この例のように、デキる人の仕事をマニュアル化したくなる気持ちは理解できます。

ただ、すべてをマニュアル化するのはさすがに無理がありますし、マニュアルを作成すること自体が目的になってしまっている場合もあります。

さて、日本語のレッスンマニュアルはどうなのでしょうか?

特に初めて取り組む文型は、簡易的でもレッスンマニュアルがあると安心ですよね(実際にCotoにも、レッスンの流れや各文型のポイントが記載された手引書?のようなものがあります)。

また、上手な先生のレッスンを見ると、「この先生のレッスンをマニュアル化してほしい!」と思うのは自然なことだと思います。

でも、メリットだけなのでしょうか?弊害はないのでしょうか?

ということで今回は、日本語レッスンをマニュアル化する利点と弊害を考えていきたいと思います。

仕事には2種類ある

①定型業務

マニュアルは、古期フランス語の「manualis(手の)」が語源だそうです。つまり手を動かさせば、誰でも同じようにできるものがマニュアル化に向いている業務と言えます。

「定型業務」と呼ばれているもので、作業内容に一定のパターンがあり、いつも変わらない答えが決まっている業務ですね。

たとえば、毎月決まった日に請求書を作成して送付するなどがこの業務に当てはまります。

②非定型業務

「非定型業務」とは、決まっている答えややり方がなく、経験や思考力などから最適な解を創造する必要がある業務のことです。ゼロからイチを生み出したり、臨機応変な対応が求められる仕事ですね。たとえば、新規事業の開発や企画・対外的な折衝などがあります。このような業務はマニュアル化には向きません。

だいたいどんな仕事も定型と非定型が混ざっており、定型業務が多いのか非定型業務が多いのか、その比重が違うだけです。

では次にマニュアル化のメリットとデメリットを見ていきましょう。

マニュアル化のメリット&デメリット

メリット

まず、マニュアル化の主なメリットを見てみましょう。

  • 一定のサービス品質を確保できる

マニュアルは、誰でも同じ結果を出せることを目的に作られるので、人によるバラツキを防ぐことができます。最低品質の確保というヤツですね。

  • 業務の効率を上げることができる

マニュアルを作ると業務全体が俯瞰できるため、抜け漏れを防ぐことができます。また、いちいち誰かに聞かなくても、引継ぎやトラブル処理の早急な対応ができるので、業務効率が上がります。

  • デキる人の知識を共有できる

ベテランさんや仕事ができる人の知識やノウハウといった「個人知」を、「共有知」にすることができます。これは「仕事が人に紐づいており、その人が辞めたら仕事が回らなくなる」「知識が組織ではなく、人に紐づいている」という状況を防ぐことにもなります。

デメリット

次は、マニュアル化の主なデメリットを見てみます。

  • 非定型業務には向かない

マニュアルにとって、「例外」「複数の解」はある意味で「悪」です。そのため前述の「非定型業務」=「仕事に創意工夫が必要なもの、解が決まっていないもの」には向きません。

  • 作成・管理が大変

「作るのに3カ月もかかってしまった」「多すぎて探せない」「更新されていない」…これらはマニュアル作成・管理の大変さを表しています。作るもの大変、そして作った後の管理も大変だったら、本当に作る必要があるのか?から考えたほうが良さそうですね。

  • やる気を奪うことがある

なんでもかんでもマニュアル化してしまうと、その人らしさを売りにした仕事をしている人や、自分で考えて仕事をしたい人のやる気を奪うことがあります。

Cotoのレッスンはかなり非定型(個人の感想です)

私は前職で新規業務の立ち上げをしていた時期があるのですが、その時に別部署の同僚からこんなことを言われました。

「あなたのようにマニュアルもなく毎日違う仕事をするのは私には無理!ストレス!私は、今の部署で毎日ルーティンワークをしていたいわ」と。

私はそれを聞いてビックリしました。というのは、私は飽きっぽいので、ルーティンワークを続けていると、次第にやる気がなくなり、最終的にはグレてしまうからです。

新規業務の立ち上げに携わっていた時は、次から次へと新しい業務が生まれ、その分トラブルも多く、そのせいで残業も多かったので、その同僚には私の仕事は大変に見えていたのでしょう。でも、私は一から仕事を作り上げていくことや、うんうん唸りながら考えて判断することが好きで、やりがいを感じていました。

この飽きっぽい私が、とりあえずグレずに日本語教師を続けているということは、この仕事は非定型業務の比重がかなり大きいということだと思います(特にCotoのレッスンは)。

たしかに文型導入や進め方の手順など、ある程度マニュアル化できる部分もありますが、レッスンは学生さんの性格や興味、理解度、母語、人数、場所、その日の気分といったものを総合的に見て進めていかなければいけません。そもそもCotoの学生さんは、日本語を学ぶ目的からして千差万別です。

また、私たち教師一人一人にも個性があり、その人にしかできないレッスンがあります。

そのため、レッスンの完全マニュアル化は不可能だと考えます。

日本語レッスンを提供する企業として、最低品質を維持するためにマニュアルは必要です。でも、マニュアルさえあればいいレッスンができるというほど、この仕事は甘くないと感じます。

脳に汗をかく姿勢を持ち続けよう

最後に。マニュアル化の最大の弊害は、思考停止になる危険性があることだと私は考えます。「マニュアル人間」という言葉もあるくらいですからね。

ちなみに私が「マニュアルがほしいな〜」と思うときは、だいたい自分で調べたり考えたりするのが面倒臭くなっているときです。つまり思考することを避けているんですね。

「本当にこのやり方でいいのか?」「もっと楽しんでもらうには?」「さらに分かりやすくならないか?」「学生さんに寄り添えているか?」と、脳に汗かく姿勢は、マニュアルには落とし込めないものです。

常にアンテナを立て、自分で気づき、自分で考えるという繊細な感覚は、日本語教師としてのセンスを磨いていく上で大切なものなのかもしれません。

 

コトハジメニュースレター登録しませんか?

Invalid email address
会員向けのワークショップや、日本語レッスンのヒント、
会員向けの求人情報など様々な情報をニュースレターでお届けしています。

Customer Reviews

5
0%
4
0%
3
0%
2
0%
1
0%
0
0%

    Leave a Reply

    Your email address will not be published. Required fields are marked *

    You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

    Thanks for submitting your comment!