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「やさしい日本語」は本当にやさしいのか検証してみた
分かりやすさが重視された地震報道
2024年1月1日夕刻、能登半島地震発生。お正月にダラダラとTVを見ていた私に飛び込んできたのは、避難を促す目立つテロップと「津波からの一刻も早い避難」をとの女性アナウンサーの力強い呼びかけでした。一気に緊張が走りました。
その後もTV画面には日本全国の地図テロップ、津波の到達予想時刻の表が表示され続けました。
「にげて!」「TSUNAMI」「EVACUATE」などの大きなテロップからは、日本に住む日本語が不自由な方々への配慮も感じられました。
そしてそれらの工夫は一定の功を奏したように思います。あの地震報道を見て強い危機感を募らせたり、実際に避難した方々も多かったはずです。
これまでたびたび日本は地震に襲われてきましたが、私は今回のように平仮名や英語でのテロップの表示を見た記憶がありません。
多様性が叫ばれる現代において、いつ発生するかわからない災害に対して緊急地震速報をどのように表示するか。報道機関の方々の日頃の準備や工夫が窺えました。
増え続ける訪日客・外国人材と災害時の情報伝達
JNTOの推計によると、昨年2023年の訪日外国人総数コロナ禍以降4年ぶりに年間2000万人を超えています。また、厚生労働省の調査では日本で働く外国人労働者は去年10月の時点で204万人余りと初めて200万人を超え、これまでで最も多くなりました。
特殊な事情がない限り、今後も訪日客や外国人材が増え続けると考えられます。今回の地震のように、一刻を争う災害時に日本語が不自由な方への情報伝達がますます重要になってくることは間違いなさそうです。
私が災害時の情報伝達と聞くとすぐに頭に思い浮かぶのは「やさしい日本語」です。
実際、やさしい日本語が作られたきっかけは1995年の阪神・淡路大震災でした。
この大災害を機に、日本語に不自由がある人に対する災害時の情報伝達を迅速に行う手段としての取り組みが始まり、新潟県中越地震(2004年)、東日本大震災(2011年)を経て、全国に広がっていったという背景があります。
この度の震災で日本語ネイティブでない方への情報伝達の重要性がさらに認識されたことでしょう。
でも、やさしい日本語は本当にやさしいのでしょうか??日本語教師としては非常に気になるところです。
…というわけで、今回はやさしい日本語の「やさしさ」を検証していこうと思います。
やさしい日本語の「やさしさ」は?
やさしい日本語は様々な場面で使用されていますが、今回は「災害に関する内容」かつ「公的機関が作成したもの」で、やさしい日本語の「やさしさ」を検証してみたいと思います。
なお、やさしい日本語はすべての漢字にかなが振られてあるので、漢字の難易度の検証は除外します。
まず1つめ。東京都生活文化スポーツ局の防災リーフから、各震度の説明をピックアップしました。
東京都生活文化スポーツ局 防災リーフ (tokyo.lg.jp)
使われている語彙と文型が、JLPTのN5~N1のどのレベルにあたるのかをMega List (©coto japanese academy)を使って調べてみます。
震度1~4「歩いているほとんどの人が揺れを感じます。」
<語彙のやさしさ>
歩く(N5)ほとんど(N4)の(N5)人(N5)が(N5)揺れ(※「ゆれる」はN4)を(N5)感じる(N3)
<文型のやさしさ>
~ている(進行形:N5)、あるいているほとんどの人(名詞修飾:N5)
震度6「家や建物が倒れることがあります。」
<語彙のやさしさ>
家(N5)や(N5)建物(N5)が(N5) 倒れる(N4)
<文型のやさしさ>
~ことがある(N4)
す…すごい!語彙も文型もほとんどN5とN4レベルだけで表現できています。
外国人のための減災のポイント – 防災情報のページ – 内閣府 (bousai.go.jp)
「被害を少なくするため災害がおきる前に準備をしてください」
<語彙のやさしさ>
被害(N3)を(N5)少ない(N5)災害(N1)が(N5)おきる(N5)前(N5)に(N5)準備(N4)を(N5)する(N5)」
<文型のやさしさ>
~くする(形容詞+くする:N5)、~ために(N3)、~てください(N5)
「災害がおきたときは地域のつながりが助けになります」
<語彙のやさしさ>
災害(N1)が(N5)おきる(N5)とき(N5)は(N5)地域(N3)の(N5)つながり(N2)が(N5)助け(「たすける」はN3、「たすけ」はN1)
<文型のやさしさ>
~になる(N5)
おぉ…難しめの語彙があるせいか「やさしさ」度はそんなに高くなさそうですが…
熊本県の外国人住民のための防災パンフレット(pref.kumamoto.jp)
「姿勢を低くして頭などを守る」
<語彙のやさしさ>
姿勢(N2)を(N5)低い(N5)頭(N5)など(N5)を(N5)守る(N3)
<文型のやさしさ>
~くする(形容詞+くする:N5)
「病院、避難所、生活などの相談ができます」
<語彙のやさしさ>
病院(N5)避難所(N1)生活(N4)など(N5)の(N5)相談(N3)が(N5)できる(N5)
このパンフレットはあまりやさしくない語彙はあるものの、情報がとてもよくまとまっていると思いました。
特に災害の時に使う日本語がまとめられているところに読み手へのやさしさが感じられました。
もっと「やさしく」ならないかやってみた
N3以上の語彙があった場合、N4以下の語彙だけで表現できないかやってみました。ここでお馴染みChatGPT先生に登場していただきましょう。
「被害を少なくするため災害がおきる前に準備をしてください」をもっと簡単な日本語にしてください、と入力したところ…
え…いや…これ、簡単になったんじゃなくて、文章が短くなっただけなのでは…?
念のため検証してみます。
「災害が起こる前に準備して、被害を最小限にしましょう。」
災害(N1)が(N5)起こる(N3)前(N5)に(N5)準備する(N4)、被害(N3)を(N5)最小限(なし)に(N5)する(N5)
うーん…あ!私の聞き方が悪かったですね!失礼しました。
「被害を少なくするため災害がおきる前に準備をしてください」を日本語能力検定4級以下の語彙で表現してください、と入力したところ…
…いや、「災害」はN1レベル、「被害」も「備え」はN3レベル…
気を取り直して、次行ってみましょう。
「災害がおきたときは地域のつながりが助けになります」をできるだけ簡単な日本語で表現してください。日本語検定4級以下の人でもわかるようにお願いします。と入力。
お…おぅ…うん、たしかに分かりやすくはなりましたが、やはり「災害」は「災害」なのですね。一応聞いてみます。
いやいや、それはナイわ~
ちなみに「災害」を辞書(明鏡国語辞典)で調べると、「地震・台風・津波などの天災や、事故・火災・感染症など、おもいがけず受けるわざわい。また、それによる被害。」とあります。
うーん、これを媒介語を使わず日本語だけで説明するのは私にとっては骨の折れることです。
どうやらやさしい日本語は、これ以上「やさしく」するとかえって分かりにくくなる…そのギリギリのラインの表現が使われているようです。
やさしい日本語の認知度と防災意識
ざっくりな検証でしたが、やさしい日本語は媒介語を使わず日本語だけでわかるように知恵をふり絞って考えられていることがわかりました。また、防災用のパンフレットには文字だけでなくイラストなどの視覚情報が多く含まれており、いかに分かりやすく伝えるか作り手の工夫を感じることができました。
ただ、どんなに役立つ情報でもその存在を知らなければ宝の持ち腐れとなってしまいます。
ある意識調査によると、やさしい日本語の認知度は徐々に上がってきているようですが、いまだ4割程度だそうです。
調査報告書 | TIPS (tokyo-tsunagari.or.jp)
私の個人的な考えですが、災害状況や災害時の備えのための情報を得るときの手段はやさしい日本語でなくてもいいと思っています。多言語サイトや周りの人からの情報でもいいわけで、やさしい日本語はそのうちのツールのひとつに過ぎないと思うからです。
しかし、やさしい日本語の認知度は、多様性のある社会への理解度をそのまま反映しているようにも思えます。また、防災意識の高さと比例するのではないでしょうか。
能登半島地震が発生した後、わたしは多くの学生さんと防災について話しました。「防災グッズは用意しているか?」「避難経路は知っているか?」「災害時に情報をどこから得るか?」「やさしい日本語は知っているか?」など聞いてみたのですが、残念ながら防災についての意識はかなり低い印象を受けました。「災害が起こったら何をしたらいいかわからない」という声もありました。
そんなわけで、やさしい日本語の認知度が高まることが、日本に住む海外の方の防災の意識の高まりにもつながるのではないかと思います。
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