例トレ#5「~てあげる」
今回のお題は、「~てあげる」です。
「~てあげる」を使って表現すると、単なる事実だけではなく、「だれがだれのために行動したか」という利害関係や、そこから生まれる「感謝の気持ち」という感情を表現することができます。
行為のあげもらいは、学習者にとって、形としても概念としても、理解はさほど難しくなさそうですが、ここぞという場面で自然な文を作るのはなかなか難しいように思います。
今回は学習者用ではなく、母語話者として自然に使う文をたくさん集め、「~てあげる」に潜む、ある種の押しつけがましさを、どこでどう使うのが正解なのか、講師の皆さんから集めた例文を見ながら探っていきます。
親子&家族間で使われる「〜てあげる」
<例文>
- せっかくお弁当作ってあげたのに、忘れていくなんて・・・
- お父さんの話もたまには聞いてやってよ。
- 今すぐ起きて、8時までに出られるように準備せんと、(車で)送ってあげんでっ!怒
- 私:「(夫に)たまには子どもの数学の問題、見てやってよー。」夫:「(子どもに)教えてやったのに、テストで間違えるなんて…」
- (母から娘にかけたことば「N1の読解問題より」)「お母さんが元気だから、あなたたちを元気に産んであげられたんだからね」
- (反抗期の頃、母が作った晩ご飯にケチをつけて…)
「なんで食べないの?誰のために作ってあげたと思ってるの?!」
その後、「親なんだから当たり前でしょ!」口答えして余計怒られていました・・・
トゲトゲしてますね〜。家族だと良くも悪くも遠慮・ためらいなく「〜てあげる」を使ってしまうようです。
親子や家族間で発生しがちの「〜てあげる」文型ですが、行為の恩恵を受け取る側がカチンとくる場合があるのは、話し手は感謝されて当たり前と思っていて、さらに受け手のことを無力(or非力、or微力)と見なしていることに受け手が勝手に頭にきているのかなと。話し手も思いが伝わらない相手にもどかしさを感じ、「あなた、わかっているよね!」とつい恩着せがましく言ってしまうのでしょうね。
また、親が子のためにする行為で「〜てあげる」を使うのは、その行為は親として当たり前のことではなく、親はちょっとだけextra workで負担だと感じているのかもしれませんね。
例えば、親が子供に
- 毎晩ごはんを作る→当然
- 毎日宿題を見てあげている→extra work?
以前、とても勘のいい学習者に「朝ごはんをつくる」と「朝ごはんをつくってあげる」はどう違うのかと聞かれたことがあります。まあ、動作としては同じことだけど、for one’s sake(その人のため)って強い思いが発話者にある場合は「~てあげる」のほうがいいと、答えてはみたものの果たして正解かどうか…日本語ならではの表現なので、ニュアンスを掴むのが難しいですね。
モノの擬人化
<例文>
- ご自宅でのお花の生育が悪い時は、花瓶とかに、10円玉やお砂糖を入れてあげるといいですよ〜。
- ここに、このアイシャドウを使ってあげると、もっと華やかな印象になりますよ。差し色を使ってあげるのが、オシャレの上級テクです。
- 頭皮にも、顔と同じように化粧水とかで水分を入れてあげると乾燥が防げますよ。その後、指で頭皮マッサージしてあげると顔のたるみ防止になるんですよ。
- 大根が柔らかくなるまでじっくり煮てあげてくださいね。
- 皮が破れないように指で押して果肉を潰してあげると、柔らかくて美味しい梅干しになります。
行為の対象は「梅干し」ですが、「梅干し」が「やさしく潰される」ことで恩恵を受けるというわけではないですね。ここでは「モノの擬人化*」とでもしておきましょうか。メイクやスキンケア、お料理の話題でよく使われているようですね。
- 頭皮を毎日マッサージしてくださいね → 単なるマッサージという行為をする。
- 頭皮を毎日マッサージしてあげてくださいね → 頭皮をいたわって心を込めてマッサージする(ときっと頭皮も喜びますよ〜)
モノの擬人化が大好きな日本人がいよいよ「〜てあげる」文型にまでその心持ちを適用し始めたか!と例文を見て感じました。人相手に「〜てあげる」使うと恩着せがましくなってしまうことが多々ありますが、物に使うとその対象に「心を込めて」といったプラスの感情が加わわりニュアンスが変わってきます。面白いですね。
(モノの擬人化*:トマトや電車から手足が生えているキャラクターとかが企業イメージに使われていることがあります。ときどき欧米の学生からは驚かれませんか?)
さいごに
先日閉幕した北京五輪でのインタビュー。「(スキージャンプ団体で失格となった)高梨選手にどんな言葉をかけてあげたいですか?」と聞かれた小林陵侑選手は「たくさんハグしてあげました」と言っていました。
記者からも選手からも、高梨選手を思いやる気持ちが感じられたのは「〜てあげる」のおかげですね。話し手が「相手の問題を、どの程度自分事としてとらえているか」ということがポイントです。ですから、話し手が友人や仲間のことを自分のことのように、家族のことのように心配しているとき「〜てあげる」がフィットします。
これらの感覚を学習者が理解し使いこなすのはかなり難しいです。ただ、私たちがこのような言葉を日頃何気なく使っているということは知っておいたほうが良さそうですね。
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