「以前」って「その時点」は含まれる?

「以前」って「その時点」は含まれる?

先日、Cotoのオンラインコミュニティーでこんな質問が挙がりました。要約すると以下のようになります。

「受付期間は4月9日から14日です。4月8日以前には受け付けられませんのでご注意下さい」という文章、この「以前」が気になるとのこと。

「以前」は辞書による、「基準となる時点を含んでそれより前」です。つまりこの例文の場合、4月8日も含まれることになります。

質問者の疑問は、、、辞書では「以前」は「以上」と同じようにその時点を含んでいる(例「お酒は20歳以上」は20歳も含まれる)とありますが、私の感覚では「以前」はその時点を含まないで使われていることも多いと思うとのこと。

 

たしかに質問者の言うように、「4月8日以前」には4月8日は含まれないような気がします。

しかし「受付期間は4月9日から14日です。4月8日以前には受け付けられませんのでご注意下さい」と全文を読むと、4月8日は含まれると理解できます。ただ、これは文脈からそう判断しているにすぎないように思います。

そもそも「4月8日以前」という表現自体になにかモヤモヤしますね〜。このモヤモヤはなんなのでしょうか…?

そこで今回は、この「以前」の使い方について考えてみようと思います。

 

「3時以前」は非文?

まずは例文をみてみましょう。

例文①「お申込み開始は3時からです。3時以前にお電話されても繋がりません」

例文②「このテキストで勉強して日本語が好きになりました。このテキストで勉強する以前は勉強方法も分かりませんでした」

両例とも意味はわかりますが、しっくりきませんね。何が違和感の正体なのでしょうか?

 

例文①・・・「お申込み開始は3時からです。3時以前にお電話されても繋がりません」は、「3時以前」ではなく「3時前」という表現だったらしっくりくると思います。2時59分に電話してもつながらないが、3時ぴったりに電話したらつながるということですね。

つまり3時ぴったりは含まれない。…あれ?それなら「基準となる時点を含んでそれより前」という「以前」の辞書の意味とずれてしまいますよね…(困惑)。

一旦置いておいて、次の例文を見てみましょう。

例文②・・・「このテキストで勉強して日本語が好きになりました。それ以前は勉強方法も分かりませんでした」。

…うーん、ちょっと違和感がありますね。「このテキストで勉強する以前」は、「このテキストで勉強する前」のほうが自然に感じます。または「以前」を単独で用い「以前は勉強方法もわかりませんでした」なら違和感はないですね。

…はて??(また困惑)

 

「以前」と組み合わせると違和感がある表現

4月8日以前には受け付けられませんのでご注意下さい」「3時以前にお電話されても繋がりません」ですが、日本語ネイティブには「8日以前」や「3時以前」は違和感を覚える表現です。

その原因は具体的な数字にあります。「以前」は「8日」や「3時」など、具体的数字とは相性が良くないようなのです。では、具体的な数字がなければいいのでしょうか?

 

別の例文「このテキストで勉強する以前」は、具体的数字を含んでいません。何日・何時といったような具体的な数字ではなく、ある時点より前というようなざっくりした言い方ですね。

しかし繰り返しになりますが、「このテキストで勉強する以前は勉強方法も分かりませんでした」は、「以前は勉強方法もわかりませんでした」と「以前」を単独で使った方がしっくりきます。

これは「以前」は、「かつて」「昔」といった語彙と同じように、はっきりとした日時を表さない使い方になるためだと考えることができそうです。

 

例)「現在よりかなり前・昔」という意味での「以前」

  • 以前から会いたいと思っていたんですよ!
  • 以前ここに何度か来たことがある

うん、やはり「以前」は単独での使用がしっくりきます。

また「以前」は、副詞的な使い方もできます。

例)「それより前の段階」という意味での「以前」

  • え?入社試験どうだったって?ダメダメ、面接以前の問題。書類選考でふるい落とされたわ!
  • これは論文以前の文章ですよ。小学生の作文以下です!

上記の例を見てわかるように、具体的な数字と組み合わせることはできませんね。

 

ちなみに私の国語辞典(明鏡国語辞典)にも、「以前」の意味は「基準となる辞典や期間を含んで、それより前。また、ある出来事などを境として、それより前」とあります。

そして例文のひとつに「五日以前に仕上げる予定だ」と記載されていました。つまり「具体的な数字+以前」の例文が載っているわけです…。

でも実際には「数字+以前」はあまり使わないし、聞くこともないですよね…(またまた困惑)。

日本語ネイティブでさえ「数字+以前」を使うと、「それって五日は含む?えっ?五日はNG?…どっち?」とコミュニケーションミスを起こしやすくなります。

 

これは私の個人的な見解になりますが、辞書にそのように書いてあっても、誤解の原因になり得る表現を積極的に使うのはどうかと思うのです。「そもそも日本語教育は、日本人と良好なコミュニケーションをとるためにある」と考えるのならば、誤解を招きにくい別の言い方を教えても良いのかもしれませんね。

 

では「3時以前」はどのように言うべき?

「3時以前」「8日以前」といった具体的数字を含む場合は、どのように言い換えたらいいでしょう?

この場合「8日より前だと、受け付けられない」「3時より前には、電話はつながらない」などと言えそうですね。つまり、和語で表現するのです。

ただ若干話し言葉的になるので、書き言葉で使いたいときには「受け付けは9日以降」「3時以降に申し込みが始まる」と「以降」を使うのがよさそうです。

これなら相手は誤解しないですよね!

 

「以前」の使い方についてまとめますと…

  1. 辞書では「以前=その時点を含む」
  2. 「3時以前」「8日以前」などの具体的な数字と組み合わせると違和感がある
  3. 具体的な数字を含む場合は「3時より前」「8日より前」のように和語で使うか、「3時以降」「8日以降」のように「以降」を使うとわかりやすい

ところで「以前」の対義語は「以後」ですが、「以後」も同じ使い方なのでしょうか?最後に検証してみましょう。

 

「以後」は…

  1. 辞書では「以後」は、その時点から後に続く将来のこと。その時点を含むという点は「以前」と同じ。ちなみに「以」は「ある時点を基準にそれから」という意味、「後」は「時間的にあとに続く方」という意味、「以後」で「ある時点を起点にそれから続く将来」という意味です。
  2. 「3時以後」「8日以後」などの具体的な数字とは組み合わせると、やはり違和感がある
  3. 具体的な数字を含む場合は「以降」を使う 「3時以後」→なんか変!「3時以降」→OK!

 

 

というわけで今回は「辞書にはそう定義されているけど、なんか違和感がある以前の使い方」について記事にしてみました。もちろん辞書の定義を確認することはとても大切だと思います。

しかし日本語ネイティブの日本語教師は、ネイティブとして「なんか違和感がある」という感覚を大切にしていいんじゃないかな、と私は思います。日本語教師は、誤解が生まれそうな表現・人によって解釈が分かれそうな表現に敏感になっていたいですね。

edited by Matsubara

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